僕は温鴨セイロ、関口はきつね饂飩を食べ終わり、一息ついている。矢張り冬は暖かいものに限る。
お腹が一杯になると眠くなる。僕はテーブルに突っ伏して欠伸を洩らした。

「関君〜。眠いなぁ」

「僕はそんなに」

「僕はお腹一杯で眠い。関口君は、どうして眠く無いんだ? 僕と一緒に寝ようか。どうせ次の授業無いんだ。僕と一緒に寝たら良い」

「そんな、なんで榎木津先輩と寝なきゃいけないんですか!」

「関君は体温高くて暖かそうだから。寒くてしょうがないんだ」

「だから、そういうのは…」

「女の子に言えって? だって僕は関君が好きなんだもん。好きでもない女の子に云うなんて男が廃るよね」

「――あの…好きって、云う、言葉の意味が良く」

「分からないとは云わせないー。僕と一緒に寝よう。関には、色んなところを按摩してもらう…」

「なんなんですか。――榎木津先輩? 榎木津先輩。――寝てるの?」

「え・の・さ・ん」

「あのっ…榎さん! 起きて下さいよ」

関口の声と一緒に、僕の背中に手が掛かって、僕を揺らしてくる。僕は腕の間から関口の顔を覗き見て、起き上がって、その手を取った。騙まし討ち。今日何度目かの、関口の驚いた表情だった。可愛いじゃないか。そんな顔されると、なんか本気になって追い詰めたくなってくる。そんなつもりは全くなかったのに。

「僕は結構本気なんだ、なんか、関君の事が好きみたいなんだ。僕と付き合わないか?」

「付き合うって――」

「僕と恋愛しないか。関君の煙草以上の存在になれるよ僕は」

「手を離して、下さい」

「イヤだ」

「榎木津さんは男と付き合うことに抵抗は無いんですか…しかも僕ですよ? 他に、榎木津先輩に相応しい人が居るでしょう」

「どこに? 僕はそんな人間見たこと無い。今僕の前に居るのは関口だけだからそんな事考えたくもない。それに、僕は関口だからそう思っているのであって、男だとか女だとかは気にしない。関口は僕にとって面白くて意外性があって可愛いと思う。だから僕と付き合って」

「な、何云って…」

「今、返事しないと、ここでチュウするぞ」

じっと関口の目を見詰める。なんか顔を赤くして、動揺しているようだ。瞳が揺れて、少し怯えている風でもある。関口の冷たい手を強く掴んで僕の胸に引き寄せる。関口の椅子ががたっと音を立てて傾いて、僕の胸に倒れこんでくる。
周りがざわざわしているが、ここは学食なのでそんな事は当たり前だ。もしも注目を集めていたとしても、僕は全く気にしない。関口の顔に一層、顔を近づける。関口の白い頬が赤くなっている。僕はそこに唇を近づける。腕の中で関口がもがいた。僕は力でそれを抑え付ける。

「榎さん、止めてくださいっ――」

「じゃあ、僕のこと好きか嫌いか、云ってくれないとこのままチュウだ」

僕は関口の耳元で囁いた。関口がぎゅっと瞼を瞑った。

「す、好きですっ、好きだから、榎木津先輩が好きだから、こんな場所で、は、やめ」

言質を取った。関口が前言撤回する人間じゃないと信じる。僕は腕の力を緩めた。関口がそれを感じ取って、恐る恐る瞼を開いて、僕を見た。関口の顔は真っ赤だ。僕は関口を見て嬉しくなってニヤニヤしてしまう。そのまま関口の頬にキスをした。

関口が驚いて固まる。僕は笑い声を上げる。

腕の中の関口は、ああ、と声を洩らして、諦めたかのように体の力を抜いた。僕は存分に関口を抱き締めた。


関口は僕の三歩後ろをトボトボと歩いている。隣に来ないのは関口なりの非難だろう。機嫌が悪いのだ。学食で僕が弾みで告白して、ついキスまでして抱き締めもしたものだから、周囲の注目を集めた。それが嫌だったのだろう、僕は外野など気にしないというのに関口は気にするらしく、学食を出てから喋りもしないし、僕と離れて歩く。
僕は後ろを振り返った。視界に白いものがチラつく。雪が降り始めた。

「関君。僕の隣においでよ」

すると関口は立ち止まった。灰色の長いマフラーがとても似合っていて可愛いと思う。

「イヤなの? 強情を張るとまた、チュウしちゃうよ」

僕は関口の手を取る。

「ほら、寮に帰ろう」

僕が関口の顔を見詰めて促すと、関口は小さく頷いて歩き出した。

「…結局、しましたね」

関口はボソッと云った。

「何を?」

「…頬に」

「ああ、チュウのことか?」

関口の手が一瞬、びくっと慄いた。

「嘘吐きですね、先輩は」

「嘘吐きじゃないぞ! 僕は自分の気持ちに正直だ。したかったんだもん。関君が僕のこと好きだって言ってくれたから。嬉しかったんだ」

「言わせたくせに。しかもあんな所で。凄い見られてた」

「まぁ言わせた事になるのかなぁ。関は人に見られるのが恥ずかしいの? そんな事言ってたら生きていけないよ?」

緩やかな坂道を下る、校舎の裏側。白っぽい薄闇に、雪がチラチラと舞っている。額に雪が着いて解ける。

「…他人にあんな所を見られるのは恥ずかしいでしょう。だけど…そうじゃなくて、先輩が僕と居ると恥ずかしい思いをする…」

「僕が? 関君と居ると恥ずかしい? 恥ずかしいってなんだ? そんな事を思うのなら、関に好きだなんて云わないよ」

冷たかった関口の指先が僕の体温で温まる。関口は少し安堵したように、そうですか、と呟いただけだった。

雪が空を埋め尽くして、風が強くなる。僕と関口の手はどこまでも暖かかった。

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