環蛇銭 〜愛は呪いを跳ね除けて〜 愛は戦い編
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俺は身体の痙攣を抑える為に忙しく息を吐いていた。俺の上に重なっている佐伯の深い吐息が俺の顔に掛かる。佐伯が俺の身体に納まっている一物を一気に引き抜いた。 「…うッ…あ…!」 態と手荒く抜いたのだろうか、佐伯が小さく笑ったような気がした。またビクビクと俺は痙攣を繰り返した。佐伯が俺の首筋にキスをする。佐伯の色素の薄い髪の毛先が首筋に触ってくすぐったい。 いつも良く動く佐伯の舌が俺の首を這い回り、俺は大きく息を吐いて身を捩った。終わったばっかりは感覚が過敏になるから厭なんだ。それ以上のことをされたら納まりが付かなくなる。 「――さ、えき、離れろ」 俺の両手首は頭上でベッドの縁に括り付けられていて自力で佐伯を退ける事は叶わない。 掠れた声の苦言を無視し、俺の首筋で佐伯は今度こそはっきりと笑い声を洩らした。佐伯の唇はゆっくりと降下し鎖骨を舐め薄い胸の谷を舐め、右手は俺の膝裏を指先でくすぐる様に撫でた。どこもかしこも触れられれば酷く肌が粟立って痺れるのだ。 「や、め…、触るな…あ」 一物に過剰な熱が集まり始めていた。コトを終えたばかりだというのにこの状態は一体何だ。右手に加え、左手が内腿の根元を撫でてきた。身体が大きく一回、佐伯の下で跳ねた。俺は声を押し殺して呻く。 そこは本当に触らないで欲しい所なのを佐伯は判ってて執拗に触れるんだ。まるで操り人形じゃないか。そんなのは御免だ。俺の精一杯の足掻きに敏い佐伯が気が付かない訳はなく、顔を上げた。目を細めて苦笑している。 「荒井君は素直じゃないね。…声を殺すなよ。舌を噛む」 「…ふぁ……、い、一度、終わって、るんだから…離せ、よ…ひッ…ああッ!」 「――身体は、終わりとは思っていないようだが?」 俺が息も絶え絶えに云い終わらない内に、佐伯は俺の立ち上がってきた一物に指を這わせて云った。それから俺の顔を覗き込みながらゆっくりと扱き出した。 こんなになっているのはお前の所為だ、と云いたかったが跳ね回る身体とその身体を所有しているのは俺だということからの羞恥心でまともな言葉は出てこなかった。 男なんかに感じている俺も悪いといえば悪い。佐伯の手の動きに合わせて鼻にかかった声も出るし、その顔を佐伯がジッと見詰めて居ているのも我慢ならない。野郎の感じている顔なんか見て何が楽しいんだ。 「ココは本当に素直だよ。…涙を流して、こうやって、触られるのを悦んでいる」 「ふ…ざけたこと、ほざいてんじゃね、え」 脅しにしては迫力もなく、苦言にしては拘束力もない俺の一言は佐伯に黙殺された。返答代わりに佐伯は俺の両膝を強引に立たせて大きく脚を開かせた。そのまま佐伯は俺の脚を押さえている。 「佐伯…なに…」 そんな格好をさせられると自分の一物がどれだけいきり立っているか否が応でも自覚する。身体の温度が一気に上がった気がした。腕の自由も間々ならずその上、一物を晒すような格好を取らされるのは、余りにも屈辱的で俺は直ぐに脚を戻そうとした。 しかし佐伯の意外に強い腕力で脚は思い通りにはならず、しかも足を伸ばすことが出来ないように、脚を折り曲げたままの形で腿と足首を括り付けて、離れないようにベッドの下に投げ置いてあった縄で縛られた。 更に脚を閉じることが出来ないようにベッドの縁に開脚した状態で括り付けられた。 「なっ…! 解けよっ」 「…ふふ。――お前を見ているとつくづく、考えさせられる。世間では身体と魂と呼ばれるものが同義ではなく身体は魂の入れ物に過ぎないという、一見有り得そうだが根拠の無い魂理想主義が結構な深度で罷り通っているが――それも強ち間違ってはいないのではないか、とね。――なにせ、お前の口から出る言葉ときたら身体の反応とは余りにも裏腹なものだから。それとも――只の天邪鬼なのかな、ねぇ――荒井君?」 俺の一物を指先で根元から先端まで撫で上げた。もちろん俺の反応を見詰めながら。 「いやあぁ――あ…あ…ッ」 首が激しく仰け反ぞった。声も抑えることが出来なかった。危うくイクところだった。佐伯が俺の一物の根元をきつく絞めたので射精しなかったのだ。先走りどころじゃない、俺の一物はもう既に自分の精液でどろどろだった。 目頭が熱くなってる。胸を上下させて喘ぎ混じりの吐息を洩らしながら佐伯を見れば、奴は満足そうな表情を浮かべていた。勿論視線が合い、俺は涙が溜まっているであろう両目で佐伯を睨みつけた。 …主導権を完全に握られている。高まる射精感もさることながら、段々、むかっ腹が立ってきた。素直じゃないのはお前が嫌がらせをするからだ。そんなに俺が嫌がると楽しいか。なら徹底的に抵抗してやると俺は心に決めた。 早速佐伯は俺の唇を食んできた。柔らかな舌が口内に入り込んでくる。 佐伯のキスだけは好きだと自覚してる俺はその舌に自分の舌を絡めたい欲求を何とか押さえて、逆に佐伯の舌に軽く歯を立ててやった。すると佐伯は少し眉を顰めて唇を離した。俺の唇が名残惜しそうに震えた。 「――悪い子だ。そんなに俺の血が飲みたいか。高いぞ」 佐伯が喋る事に集中している今が文句を云える最大のチャンスだ。もうこれ以上、佐伯に体内を掻き回されては身が持たない。なにしろ、四回以上は間違いなく繋がっているのだ。 「…誰、が…お前の血なんて、飲みたいもんか……もう今日はこれで仕舞いた」 もしも佐伯が俺の苦言を訊き入れて此処で止めたら、俺はこの今にも破裂しそうな一物をほうって置かれることになるがそれは全く構わない。トイレで流せばいいだけのことだ。それよりもこれ以上は佐伯を受け入れたくない。今だって軽い眩暈がしているのだ。ヤッてる途中で気絶しかねない。 「それはお願いなのかい? それとも命令かな」 「…どっちでも、イイだろ――だから、止めろって――んんぅ…」 また口が塞がれた。今度は抵抗する気も起きなかった。手足は封じられているし、また舌を噛んだら今度こそ佐伯の逆鱗に触れかねない。素直な欲求に任せて佐伯の舌に自分の舌を接触させると、絡め取られた。 唇の端から唾液が多量に流れてシーツを濡らしているようだった。佐伯のキスは気持ち良い。俺はもう今日のところは成すがままで良いかと流されそうになる。キス一つで機嫌が直る俺は安い男ではないか。 キスをしながら佐伯は俺の背とベッドの間に手を滑り込ませ、それを降下させた。俺の臀部をさすって割り開いて指先で下の穴を刺激した。 「――ふぅ…んぅん」 「ココが――ひくひくしているね。未だ欲しいとみえる。しかし、いきなり入れたんじゃ荒井君が可哀想だから…これでも入れようか」 俺は佐伯がベッドの下から何か取り出す不穏な気配がした。嫌な予感がして視線を走らせる。 「な、んだよ…! それっ!」 「なんだろうな? ――なんて、荒井君も男なら知っているだろ?」 「俺が聞きたいのは…それをどうするのかってことだ!」 「――どうするのかなんて――君が一番よく判っている」 そう云って佐伯はニヤリと、冷酷な悪人の笑みを浮かべた。俺はそれを見て背筋がうすら寒くなる。確かに、佐伯の云う通りではあるのだ。――俺が、一番、よく知っている。佐伯は手に持った黒光りする巨根を軽く振って俺に見せ付けた。 「この前、体感したもんなあ」 俺はバイブレーターを突っ込まれるのは、嫌いだった。嫌いなんて言葉じゃ言い表せない程、駄目だ。以前、佐伯に騙し騙し突っ込まれて出たのは、呻き声と冷や汗と涙だけである。佐伯の一物を突っ込まれるよりも生理的嫌悪感が勝って快感など露ほどもなく、冷や汗が吹き出る身体で泣いて乞うて、やっとの事で抜いてもらったのだった。のちに思い返して、俺は人生最大の汚点をつくってしまったのだと頭を抱えた。 佐伯には数え切れないほど、弱みを握られている俺は、これ以上何を見られたって知られたって平気だと高を括っていたのだが、そんなことはなかったらしい――。 「…それは、厭だっつーの! 俺がそれ、駄目なの知ってるだろ? ――止めろ…って、ひぁ!」 穴に何かが触れて俺の身体が竦み上がった。それを見て佐伯が苦笑を漏らしている。 「俺の指だよ。…こんなに力んでたら余計、痛い目を見る」 そんなことは俺も重々承知だよ、サド野郎。佐伯は俺が本気で厭がれば無理強いはしない男だったが、今は何かが違っていた。眼鏡の奥の瞳が本気なのを物語ってるようだ。俺は恐怖で目頭が熱くなってきていた。 「――あーあ、睨みつけるような顔で涙なんか零して。…更に痛めつけたくなる」 「いつも、痛めつけてる癖に今更何を云いやがる――止めてくれ」 「厭だね。君の泣き顔は可愛いからなぁ」 「…か、わいっ…!! 何をトチ狂った事をッ――ッ!…ぁあ!」 「ほらね――難なく挿ったろう。今日のノルマはソレでいける様になる事だ。そら、動かすぞ」 「やめ…電、源入れなああぁあッ…あっ――」 俺が気を抜いて文句を垂れている最中に、騙まし討ちの如くバイブレーターを半分以上挿入しやがった佐伯は、これまた俺の意思を無視して電源を入れると、バイブと尻とが結合していると思われる附近を目掛けて、取り出だしたるは透明な水色に着色された小奇麗な感じのする下世話なローションを大量にぶちまけた。 尻の間のみならず、臀部全体がローションで汚されたのがわかる。 俺は冷ややかさと、内部で振動している物体の質量に耐えかねて鼻に掛かった声を洩らしていた。バイブが震えることで感じる微かな痛みと、佐伯が果敢にトライした為に出来たトラウマで、俺の陰茎は既に萎えかかっていた。それよりも、そんなモノが自分の中に挿っていると思うだけで物凄い恐怖を感じ、俺は柄にもなく泣き出していた。嗚咽なのか文句のか悲鳴なのか自分でも皆目見当が付かない。 佐伯はそんな俺の泣き顔に軽くキスをすると、片方で萎え掛けた陰茎を刺激しつつ、ローションをぶちまけた尻の方ではバイブの抜き差しを開始した。 「頼む…から、ぬ――抜い、て…はっ…やぁ」 頼み込んでいる傍から、バイブを抜き差しするローションに濡れた音と、振動音が耳障りに響いて、俺の理性を削り取っていくようだった。内臓の襞が摩擦で熱い。俺は手も足も縛られているので、身を捩る事しか出来ない。 「抜いてはいるだろう? まあ、直ぐに入れるんだけど」 「そ、そういうことじゃ、な」 男の体の構造というのは多分物凄く、単純馬鹿なのではないかと俺辺りは思う訳だ。…いつのまにやら勃ち上がってきている自分の陰茎を刺激されると、また強く実感するところであり。 握りこまれて、身を激しく捩り、尻に入っているものが肉壁を抉って浅い位置に戻る。俺は訳が判らず泣き喚いていた。 「持っているとこちらの手まで痺れてくるな」 バイブの振動が手を痺れさせるのだろう佐伯はそう呟くと、バイブを深い位置で挿れたままにして、俺に痺れていると証明したいのか「ほら」と云いながら自分の手を見せた。 佐伯の手はローションと正体不明の液体で汚れてテラテラ光っていた。俺はそれどころじゃない。馬鹿みたいな声を上げながら、ベッドの上で不自由な体を悶えることしか出来ない。 「荒井君。どうしたんだい、苦しそうだね。まさかと思うがいきそうないのかい。そんなことないよな? バイブなんて嫌いだろうし。病気かな。まぁ良いや。俺の手を綺麗にしてくれないか」 確かに俺はいきそうだった。よりにもよってバイブで。全くどこまでも屈辱的なことをしてくれる男だ。尻の穴が反射的に生硬いバイブを締め付けるのを感じて、体が跳ね上がる。締め付けるとまるで鬼灯を潰したような音が耳に届く。ローションの所為だ。 「舐めてよ」 意味が判らず朦朧と佐伯を見返す。 「赤ん坊のように吸えるだろ?」 怒声を上げようとした、俺の口に佐伯の指が入り込んだ。慌てて、喋るのをやめた。急に指を入れたら噛み切られるかもしれないのに、馬鹿だこいつは。でも――警戒なんて微塵もしちゃいない佐伯の行動には――腹立たしいけれど――なんか、俺のこと信じてるんだ、とぼんやり感じて、胸の辺りが温かくなるようだった。口の中はローションの苦々しい味。無害だって信じられているけどどうだか怪しいもんだ。 佐伯が指先で俺の舌をなぞり、内壁を緩く刺激している。 折角、そういうことをやるんだったら荒々しくやればいいものを、どうも佐伯は出来が俺より繊細で、指先の動きとかに繊細さが垣間見えて俺は嬉しくなる時がある。 そういう佐伯が俺を素直にする。 俺は佐伯の指の汚れを取るように、舌をゆっくりと這わせて、吸い付いた。 「ん…可愛いね、君ってほんと」 嬉しそうに云った佐伯の眼鏡の縁がランプの光で鈍く光っている。佐伯は俺の横で添い寝をするように軽く寝そべり左手を俺の口に預けて、右手でバイブの抜き差しをまたもや開始した。 頭が――真っ白になりそうだ。体の跳ねを押さえ、叫びだしそうなのを必死で堪えて、佐伯の指を舐め続けている。もう随分と頭がおかしいのかもしれないな。関節を折り曲げて縄で括られた脚の痛みももう感じない。 涎が口角から大量に流れて、頬も濡れてると佐伯の指に吸い付きながら思っていたら、俺は泣いているのだった。人差し指親指中指薬指小指…と順に舐め続け、佐伯の指を舌で押し戻すようにして口から出すと、佐伯の手の平に吸い付くように唇を使い、舌を動かす。嗚咽が、口から漏れそうになった。なんで俺は泣いているんだか自分でもよく判らん。セックスの最中に涙を流した経験は俺の人生の中で一度もない。だけど、あんまり普段なら抱かない気分ではある。 佐伯は俺の異変に気が付いたらしい。バイブを弄っていた手を止めて、俺の口から自分の指を引き抜いた。 「…なんで、泣いてるの。珍しいね。こういう遣り方は厭かな」 視界に入った佐伯の表情は硬くなっていた。そしてヤツはひとつ溜息を吐く。 俺が涙で訴えていると思ったのかよ、クソ。そう後ろめたい考えが巡る位ならこんな事しなきゃ良いんだ。本当に厭だったら、疾うに殴り付けてるっての。俺は柄の悪いヤサグレタ男なんだからな。そこを失念している佐伯は少し脳がやられているんだ。くそっ…ああ――なんて――涙なんかに――理由を求めるとは、どこまでこの男は神経が細かいんだろう。 佐伯は俺の頬の涙を指先で拭った。 「本当に厭ならやめるよ」 ならどうして、そんな青ざめた表情をする。 「馬鹿云うなよ――厭だったらあんたを殴ってでも逃げてる――だろうさ」 「腕も縛られているのにか? この状況は逃げようが無いだろ」 「いやなら、初めから佐伯に抱かれはしなかった。云わなかったか? 俺は佐伯のことが好きなんだ。あんたはあんたらしくしていてくれ。あんたがあんたらしくないと俺は不安だよ。涙なんて只の生理現象を気にするなんて止してくれよ――あんたは傲慢なぐらいが丁度良いんだ」 佐伯は目を見開き、驚いた表情を隠しきれてはいなかった。 あんたは、繊細すぎるんだ、とは云わなかった。これは俺の本心だが、死んでも佐伯に伝える気の無い言葉だった。一生――という言葉は変か。俺達二人は不老不死なのだから。だけど気分的には一生、云う気は無い。佐伯には自分が傲慢な男とでも思っていて欲しいぐらいなのだ。 佐伯が繊細だという事実は、俺だけが知っていれば良いことで、本人にさえ悟られて欲しくは無いのである。宝物というか――知っているだけで甘い気分に浸れる秘密というか――俺にとっては、そういうことなのだ。 しかし、くやしい。腕を縛られていたら、佐伯を抱きしめることも出来ない。内心歯噛みしていたら、逆に佐伯から俺を抱きしめてきた。 「君も、意地っ張りなぐらいが丁度良いようだ――。なんだか素直な君は、眩しすぎるね」 「――厭味かよそれ」 「いや、本心だ」 そう囁きながら右手で俺の陰茎を限りなく刺激している。もう、随分と長いこと射精していなくてはちきれそうなものを。それでも何とか俺は憎まれ口を叩く。 「ばっか…恥ずかし…いヤツ…」 本当に恥ずかしがっているのは君自身だろ? 佐伯はそう囁くと俺の体を抱き締めた。ホント、恥ずかしいやつ…。 そして佐伯は呟いた。御免、調子に乗りすぎたね。大人気ない。 頬にキスをして、俺の頭を抱き締め、まず脚を縛っていた縄を解いて、後方へ放った。次に両手を縛っている縄とベッドの鉄作とを繋ぐ、細めの縄を解く。そして両手の縄も解かれて、これで俺の体は自由になった。 俺は自由になった手で涙を拭った。佐伯は何も言わず俺の上に圧し掛かってくる。 右手だけを俺の脚の間に潜りこませて少し探ると、佐伯はバイブを抜いてベッド外に投げ捨てた。俺は佐伯の下で体をくねらせて呻く。電源も切られていないバイブは絨毯の上で籠った振動音をたてている。俺は呼吸を整えるのに必死だった。 佐伯はそんな俺を見て、小さく笑いながら俺の体中を優しくなぞりだし、緩やかな気持ちよさに身体は勝手に揺れだす。自由になった身体で佐伯の重さを受け入れた。口は勝手に叫び声をあげ、腕は絶対に佐伯を離そうとはしなかった。 不死身になってからというもの、食事すら必要はなくなったが極力人間らしく有りたいのか、佐伯は好んで食材を買い出し、俺の分まで食事を用意するのが習慣となっていた。必要ではないが食べることはできるのだ。無意味にSEXできるように。 昼に目を覚ますと佐伯は隣に居なかった。少しだけ焦り、寝室を出てダイニングに急いだ。佐伯はつらっとした表情で、台所に立ち手際よく野菜を洗ってサラダにしたり、魚をさばいたりして朝飯だか昼飯だか分からないものを作っていた。用意してある皿は二人分。ひとつは、俺の分。いつも俺の事を忘れることなく食事を用意する佐伯。 ぼうっと突っ立ったまま皿を見詰めいてると、ちらりと佐伯が俺のほうを見たようだった。 「お早う。良く眠れたかな」 「…ああ、あんたの所為でばっちりだ…」 胸にごちゃごちゃと感情が渦巻いて、俺は佐伯を背後から抱きしめていた。 「荒井君。妨害行為はやめなさい。後で構ってやるから今は大人しく待ってるんだ」 「…せいぜい美味い飯を期待してる」 「…腕は離してくれないのか。しょうがない奴だな…本当は甘えたい気分なんだろ。素直に寂しいって言ったらどうだ?」 「寂しくなんかない…俺にはあんたしかいないけど、あんたがいるから」 それで充分。 いつも忘れることなく二人分の食事を用意したり、憎まれ口を利いたり、甘えさせてくれる相手はこいつしかいない。 イレギュラーで不老不死の呪いが解けるまで。永遠に。死ぬことすらできないから、世界に、どんなに人間があふれていようともいつでも二人きりだ。佐伯の背中に頼っている俺がいた。 「俺も、君がいれば充分だ」 歌うような柔らかな声で佐伯が言った。胸に詰まったものが涙腺を弛ませて、俺は佐伯の背中で犬の様に呻いた。 呻いちゃって…結局泣いてるじゃないか…やっぱり妨害行為だな。 佐伯の苦情が優しく背中から響いてくる。 甘えたい気持ち、言い様もない寂しさ、少しの虚しさ、そして目眩がするほどの幸福感を胸に詰め込み噛み締めて俺は一つ、息を吐いた。 |
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