|
サークル会館の喧騒。
煙草臭くて酒臭い。そして何だかランダな雰囲気。しかし僕はそれが嫌いじゃない。むしろ好きかもしれない。
だって楽しいじゃないか、周りは馬鹿ばっかりで厭きやしない。
僕は煙草は吸わないが、酒は笊だ。取り巻きを酔わせて潰し、最後は一人で飲む。それが二年までの習慣だった。
昼間っから酒を煽っている奴が居ても不思議じゃない。むしろ日常に近い。止める奴は居ない。哀れむ奴なら居るだろうが。
そいつだって、好きで飲んでいるのではないから、已むに已まれず呑んでいるのだろう。僕には楽しい酒しかない。
悲しい酒の横で僕は一人楽しい酒。ギターを手慰みに奏でながら。
僕が三年になって、春。
そろそろ、親の事業を継がなきゃいけないかもしれないと考えていた時に、親父から「お前らに会社を継がせる義理は無い」と財産を生前分与された。
まあ、そちらの方が、僕も気が楽で良い。
激マズに歌が下手なバンドと対バンし「歌が下手だねぇ」って本当の事を言ったまでだったのに、ケンカを吹っ掛けられちゃって、
それを悉く撃破し、暫くは因縁つけられてケンカ三昧の日々に、そいつらと出会った。
馬鹿騒ぎを目論んで、久々にサークル会館の「洋楽研究会」のタバコくさい空気を潜った。
知らない顔が二つ。一人は華奢な体格で目が大きい。睫毛が無駄に長い。背は普通。髪の毛が少し癖っ毛みたいにウェーブが掛かっている。
ガラパゴス諸島か、アルゼンチン辺りに居るサルみたいだな、と思った。それが、部屋の隅の方でギターを爪弾いていた。そのギターは、僕んだ。
もう一人は、痩せた体に長身。長めの真っ黒い髪の毛に、病気でも持っているのか顔色が悪く見える。
が、表情は不機嫌そのものといった様子で、唇なんかへの字に曲がって閉じられていた。それが咥え煙草をしながら、小難しげな題が金字で刻印された革表紙の本を読んでいた。
なんか、面白い奴らだな。
「やぁ。洋楽研究会へようこそ。僕はここの副代表の榎木津礼二郎だ。君達は、友人同士かな。入部希望?」
「初めまして。僕は文学部1年の中禅寺秋彦と云います。アレは、友人の――失礼、友人じゃなかった、知人の関口巽。
彼は理学部1年です。入部希望は関口君のほうだ。僕は他のサークルが目当てで一緒に廻っている」
中禅寺秋彦から紹介されて、関口巽はギターを引く手を止めて、一瞬不本意そうな顔をし、僕の方に少し頭を下げた。会釈のつもりらしい。
「――関口、巽です」
「君ね、僕が折角紹介してあげたんだから、名前以外に喋らないかい。大体、此処には君が来たいと云って来たんだから、君がしゃしゃり出るのが筋だろう」
「――中禅寺が必要な事を喋ったから良いじゃないか」
「良い訳有るか。まったく、君がそんな風だから僕は余計な仕事が増えて困る。と、云う訳で榎木津先輩。この関口君は完全に入部を心に決めてますから、よろしくお願いします。
彼は結構間抜けなので迷惑を掛けると思いますが、そう言った場合は手心を加える必要は全く必要ありません、何の遠慮も無くしっかり怒鳴ってやって下さい。そうしないと彼は付け上がる性質だ、始末に悪いですよ」
見掛けによらず良く喋る。どうやら、この中禅寺とか云う男は饒舌家のようだ。
対して、関口巽はやっぱり不服そうにしているが、返す言葉が無いらしく、小さく唸っただけだった。可笑しい。笑える。面白い。
こんなに悪し様に言われているのに、それが全部本当だと思っているのだろうか関口巽は。僕は吹いて笑わずには居られなかった。
中禅寺がシラッとした表情でこちらを見て、関口巽は顔を赤くして困ったような表情でこちらを見ている。
笑い転げている間、他の部員が入部届けを関口巽に書かせた。
部員A(僕はつまらない人間の名前は直ぐに忘れてしまう)が、関口巽に訊く。
「他にも音楽系のサークルなら山とあるだろう? 軽音楽部だって有るし、ジャズ研究会とか、ロック同好会とか、色々。どうしてウチにしたのさ。実質、活動なんて殆ど無いって言ってるのに、入るっていう意志が固いみたいだし」
僕もその質問には興味がある。どうでも良いことだけれど。
「――それは、あの、楽しそうだったから…」
関口は一度呟くと、助けを求めるように、中禅寺を見た。中禅寺の片眉がピクリと跳ね上がる。中禅寺は盛大に溜息を吐いた。
|