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「榎木津先輩は、椿荘の寮生ですよね。僕と関口もそうです。あなたは異様に目立っている。
榎木津先輩は寮生の後輩のことなんて興味が無いだろうが、後輩の方は興味津々で矢鱈心酔している奴も多い。関口君はその仲の一人では決して無いが、あなたの事を面白そうだと、思ったのは事実だ。それに、関口君はこう見えても高校中学は音楽少年で実はギタリストでもあるんです。
関口は引っ込み思案というか、鬱病っぽいところがある。それで、サークルに入る気なら、少しでも楽しめそうで興味が有る所が良いのじゃないかいと、僕が言ったところ、此処になった訳です」
どうしてか、中禅寺が関口の代わりに微妙に訳の分からない弁解をしだして、白けた気分に襲われたが、中禅寺の言葉を聞いていて、ふと思った事があった。
「関口巽。呼び辛いから関君」
「は、はい」
「と、いうことは君は僕の事好きなの?」
「は、はい?」
「好きじゃないの?」
「え?!」
「中禅寺が喋った事を纏めると、関君は僕の事が好きだから、ここに入る気になったんでしょう?」
「そういうことになりますか? 別に関口君はあなたに心酔しているのではないと、先程言いましたが。 ただ、関口君は榎木津先輩と友人になれたら面白そうだと思っているだけですよ。失礼だが、榎木津先輩は爆弾みたいな人だから、退屈はしない、そういうことですよ」
「そうなのか?」
「え…っ。あの、そうですが、榎木津先輩のこと、凄く、興味は持っています…」
「そっか。じゃあ、今日から部員ね! 関君! 君はサルに似ているから、僕も面白いっ!」
あんまり、答えになっていないなあと思いながらも、僕はそれで一応納得した。関口は目を白黒させながら頷いている。 中禅寺は煙草を、灰皿に押し潰した。関口の服の袖に触れて、僕のギターは擦れた音を出した。
その夜はサークル会館、「洋楽研究会」で部員と部外者が入り混じった、新入部員歓迎会を兼ねた飲み会になった。
TVやら、ステレオやら、ギターが鳴り響いて、それに酔っ払いの大声が混じってこの上も無く、煩くて良い感じである。文芸部から苦情が来たとか来ないとか。
関口はビールを二三口飲んだだけで、ずっとツマミをちびちび食べながら、じっと会話に訊き入って、たまに振られたら喧騒に負けじと声を張り上げるが、発音が悪いので聞き取れないところも有るが、皆酔っ払ってきているのでそんな事は気にしない。
中禅寺は酒を飲みながら、TVにじっと見入って、アメリカ大統領選挙の動向を気にしている。議論好きの奴と何だかんだ喋って意見を戦わせている。僕は不意に、活動休止状態になっているバンドの事を思い出した。
「関君、君はギターが弾けるのって本当かい? この前僕ん所、一人抜けたんだよね。入らないか」
「えっ…良いんですか」
「良いよ。だって此処の部員だし」
「じゃあ、入ります」
「よし。ギターはなに使ってるの? ちなみにさっき君がいじっていたギターは僕のだ。まあ、音が出れば何でも良いんだけどね」
「あのギター、榎木津先輩のだったんですか! すみません――」
気にしてないという事を表明する為に僕は、軽く手を振った。関口は、少しはにかんだ。
「ああ、僕はギブソンです」
「ふぅんなるほど。明日暇かい? 5講時目以降毎週木曜日に、講堂を借り切って練習してるんだ。音合せしよう」
「はい、是非――榎木津先輩のバンドはツインギターですか?」
「いや、場合によってだね。今日はここに来てないけど、益田君てのが居て、それがオールマイティなんだ。大体はマニピュレーターなんだが、生音オンリーの時はギターは勿論、ベースも弾けるしドラムも叩ける。僕はギターボーカルをやったりやらなかったり。関君を入れると四人になるかな。スリーピースも面白くて良いんだが、音に厚みが欲しいしね。僕もベースが出来るから、君がギターをやったって良い」
「でも、ギターボーカルなら、僕よりも榎木津先輩の方が、良いでしょう。僕は歌はちょっと自信が…」
「そうか。まあ、だったら明日試してみようか。なんなら、関君にベースを教えよう」
え、と関口は呟いた。
「イヤか? 関君が必要ないなら無理にとは云わないけどねぇ。ギターが弾けるなら簡単だよ?」
「イヤじゃないです。…僕は飲み込みが悪いですから、迷惑が掛かるかと」
「馬鹿云うなよ。最初はどんなことだって皆飲み込みが悪いさ。一生懸命やれば、それで良いと僕は思うんだが、関君は違うのか?」
関口は、一瞬驚いた顔をすると、大きく頷いた。
「そうですね。僕も――そう思います」
「よし」
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