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益田が落ち着きを見せたところで、僕は改めて、関口を益田に紹介した。
「益田。そいつが新入部員の関口巽。一年。理学部? だっけ?」
「そう、です」
「年下か。俺は益田龍一です。二年。経営学部。宜しくね〜」
「よ、よろしくお願いします」
「まぁ…確かに可愛い顔しているかもしれないけど…サルみたいで…でも何ていうか君、男だし…榎木津先輩…守備範囲広いなぁ」
「僕は退屈しない人間が好きだ」
「はぁそうっすか」
益田はガクッと首を項垂れた。僕は映画シリーズということで、次はエアロスミス。
気が付くと関口は舞台を降りて、一点に向かって歩いていた。階段に腰掛けて不機嫌そうにしている中禅寺の元へ。関口はその傍に立ち、何事か話し合いだした。
ギターを弾きながら、さて、本格的にカラオケにしようかなと思っていると、関口と中禅寺が舞台に近づいてきた。
「榎木津先輩」
「どしたの、中禅寺。一曲歌ってくか? これから本格的にカラオケだ」
「僕は演歌と民謡しか歌わないので結構ですが、僕と関口はこれで退散します」
「なんで。これからなのに。折角セッティングしたのに十分で終了なんて有り得ないぞ」
「僕にも生活があるので。関口は酒が入ってもう限界だ」
「中禅寺だけ帰れば良いだろう。どうせ同じ寮だ。関口が倒れても僕と益田が責任を持って関口を連れて帰ってくるから心配は無いぞ」
「――明日、関口は朝から用事が入っているんです」
「用事ってなんだ関」
「あの、それは――演習の発表があるんです。まさか、今日こんな事になるとは思っていなかったので――まだ、手付かずで」
「なんだ、いいじゃん。一回ぐらい出来てなくても」
「関口は榎木津先輩とは違って、そういうことは気にするんですよ。だから、しわ寄せが僕に行くんだ」
「じゃあ、関口の演習。僕が手伝ってやろう。それで良いだろ、関君」
「え、あの」
「っていうか中禅寺。君はどうしてそんなに僕に突っかかるんだ? 何か理由があるのか? 僕の気のせいかな」
「なんすかなんすか、ケンカっすかぁ?! 分かった中禅寺君。君、好きな女をこの人に寝取られた経験あり?! 結構居るんだよねぇ、そういう不幸な人」
「――え、まさか、中禅寺。そうなのか?」
「君は馬鹿か。そんな事があるわけ無いだろ。あなたもね、話を混ぜっ返さないで下さい」
中禅寺は関口に睨みを利かせて否定してから、更に鋭い眼光を殆ど初対面だと思われる、益田に向けた。益田はその迫力に慄いた。うん、どこまでも、下僕根性の染み付いた奴だな。
「な、なんだか、怖い人だねぇ…関口君。この中禅寺という人は何時もこんな感じなのか?」
「そんな事ありませんよ。怒るともっと怖いし…でも優しい時だってあるし…」
「うん? なにそれ、のろけ? デキテんのか」
「出来るって何がですか」
「いや――自らの言動がおかしいと気がついていないのなら、良いんだけどね・・・」
頓珍漢な事を言い出した益田を関口は分からないという顔で見詰めた。
「それで、中禅寺? 迷惑が自分に及ばなければそれで良いんだろ?」
「迷惑ならもう既に及んでいるんですがね。僕が守衛の足止めをしたその事実を忘れては欲しくありませんね。実際、本当に関口を介して僕に面倒ごとが舞い込まないとは保証できないんだ、連れて帰ります」
「――中禅寺」
「なんだい関口君。君は何か不服でもあるのか?」
「いや…不服というか…あの、折角、部員の皆さんが僕のためにここまで用意してくれたのに――ここで帰ったら失礼じゃないかと思うんだ。まだ、此処に居たい」
「関口君。どうするんだい、演習の方は。僕は手伝わないぜ」
中禅寺が眉間に皺を寄せて、言い放った。関口が困った顔をする。中禅寺の喋り方は脅しとしか思えないのは気のせいか?
「だから、僕が手伝うと云ってるじゃないか、信用が無いな」
「現在何時か知ってますが。もう、深夜一時を過ぎた。これから一時間近く騒いだとして、片付けなどをこなして、寮に着くのは、多分三時前だ。それから関口の課題を手伝うと? 本気ですか。寝ないで? とにかく、そんな細やかな芸当を榎木津先輩がすると。無理でしょう。関口君、悪いことは云わない。帰ろう。今帰れば僕が文句一つ云わず君の演習を手伝ってあげられるぞ」
そう云うと中禅寺は、関口の手を引いて歩き出した。
「で、でも!」
「ノリだけで此処までする人達だ、またこんなことがあるだろうさ。馬鹿騒ぎはそのときでも良いだろう。帰ろう」
振り返らず中禅寺は言う。何だか依怙地になっていると思った。本当は関口を帰したくなかったのだが、中禅寺の言うことはそれなりに真っ当だったし。黙って聴いていて、なんだが、本当にムカついた。
「中禅寺! 関君を連れて帰れば良いさ! 中禅寺の言うことは真っ当だ! だけど、なんかムカつく!! 正しい意見だったら関君を縛れると思っているのか?! というよりも、いつも正しくなきゃいけないのか! 正道なんてクソ喰らえ! 正道じゃなくて僕は王道だっ!! 正道を振りかざす奴は邪道だ!!!」
「邪道で結構。僕は僕の道を行く」
中禅寺は振り返りもせず、捨て台詞を残して関口を引っ張って去っていった。関口は何度もこちらを振り返ったり、中禅寺に何か話し掛けたりして、困った顔のまま中禅寺に手を引かれて講堂を去った。
怒りに任せてスタンドマイクを蹴り倒した。
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