原作内の時間軸や内容に沿ってるようで沿ってません。色々間違ってても許してね。
   京極堂もエセ、関口性悪。シリアスの振りしたパラレルと思ってください。
― 1 ―


 誰にでも、気になる人間の一人や二人はいるものだと思う。
 悪印象、好印象、それぞれだが頭からどうしても消えてくれない人間というのは必ず、いる。
 些細な仕草だったり、何時かの台詞だったり、重みの軽い足音だったり――。
 日常、何気ない場面で意識の片隅に浮上し、見事に自意識を攫って行過ぎる。
 その後、浮かれたり、落ち込んだりの差異は或るものの――。

 うなじ。――白い、うなじが夜気に晒されて光って見える。

 甘い匂いが薫って来るようだと思うのは欲目か色惚けか。
 いつも、この人物を思い起こす時、顔を思い出す前にこの白いうなじが脳裏に浮かぶ。
 それで――欲情出来るのは重症ではないか。
 最近、カストリでこんな紙面を取扱った。
 『〜フェテシズム〜その銀縁眼鏡で責めて欲しいの』・・・題名だけで察して欲しい。
 まあ、その原稿を校正するのに目を通していて、自分は世の中でフェチと呼ばれる人種なのかもしれないと思った訳だが、考えてみればフェテシズムというのは、欲望の対象となるものがあればそれで良いらしいのである。例えばハイヒールを履いた女の足フェチの男が居るとしよう。その男はフェチというからにはハイヒールを履いた女の御脚が欲望の対象なのである。脚がそそればそれで良い、ということになる。
 喩え、その脚の持ち主が正視に堪えぬ程の顔の造りの女だったとしても――だ。フェチにも様々あるらしいから一概には言い切れないが。
 ――それでは僕の状況には当て嵌まらない。
 状況から鑑みて、僕は誰彼のうなじを見て、おいそれと欲情する訳ではないらしかった。今迄、生きた短い時間の中でそうなるのは、たった一人の人物に対してのみであるのだから。

 規則正しい、寝息が聞こえる。関口にしては珍しい、安らかな――。
 こちらを向いた背中が呼吸に合わせて小さく上下している。
 身体を抱える様に背を丸めて、小さくなって、関口は眠る。
 一緒に蒲団に入る関係になる以前、関口巽の古い友人の京極堂――中禅寺秋彦からその珍しい寝姿は耳に入れていた。
「まるで小動物の様なんだ。――珍しいと思うがね。本当に猫の如く丸くなって眠る。しかし猫に喩えるには無理があるのだ。関口君は猫みたく呑気に覚醒しない。外界に怯えながら目覚めるのだね、観察してたら良く判るが。動物に喩えるのなら――栗鼠とか鼠――良くてそこら辺だろうな」
 どのような過程でそこに至ったのかは憶えていないが、そんなもんかと妙に感心したのは良く覚えている。
 それから――何ヶ月か後――恐る恐る、初めて関口を抱いた夜の事。

 疲れ果て、隣で眠り込んでいる関口の姿を見た途端に――中禅寺秋彦の思わせ振りな表情と台詞が意識に急浮上した。
 急激に血が昇って我を忘れ、気持ち良く夢の中だった関口を無理矢理揺り起こし、怒りに任せて手酷く抱いた。
 ――暫らくして、吐精し興奮が冷め遣ると、とんでもない惨状に気が付いて――慌てた。
 関口の下半身は本当に酷い有様で――こんなことを自分がしたのかと詮も無いことを疑った程だ。
 関口の頬は涙に濡れて光っていた。
 やってしまった――そんな情けない一言が頭の中をぐるぐると回った。
 自分が汚した――関口の身体を拭き清めながら――人生の中でこんなに後悔を反芻した時期は無かったのではないかと思う位、後悔した。情けなくて涙も出て来る。
 関口は抱いている最中に気を失って仕舞っていたらしかった。
 起こす訳にはいかず――謝るにも謝れない。
 関口を起こさない様に傷の手当てをした。
 局部のみならず、太腿だとか――様々な場所が傷だらけだった。引掻き傷。
 関口が僕の元を去る、その覚悟をした。
 しかし――そうは、ならなかった。
 次の日には隣に、何事も無かったかの様に、小さな声で憎まれ口を叩く関口がいた。

 何が起こったのか、冷静になって、考えてみた。
 多分――関口の寝姿が、余りにも中禅寺の言葉通りだったので――嫉妬したのだ。
 嫉妬したといっても何に対して嫉妬したのかは定かでは無い。
 気持ちの整理がついてから「知り得る事の出来ない二人の関係」というものに、珍しく感情の針が振れたのだろうと、生意気にもあたりを付けてみた。
 しかしながら、それが暴挙に及んだ凡ての理由では無いだろう。
 分かっている――が、それが精一杯の思いつく動機だった。

 関口は何も訊かなかったし、責めもしなかった。奇跡かと思ったが、それはそれで複雑な気分だった。それから関口の性格を考えると当たり前のことかもしれないと後に思ったりした。
 卑屈な程に臆病で、他者を排したいが為に愚鈍を振る舞う――そして――夜半の湖を思わせる、醒めた瞳の孔。
 関口が何を考えているのか全く伝わって来ない。関口には、こちらに意思を伝える気が無いのだろうか――。
 謝罪する切っ掛けが掴めず、悶々とそんなことを思っていた。独り、情けない程に焦っていた。
 唯――不意に訪れた一瞬――会話の合間に、何気ない風を装って一層小さく呟いた関口の一言が、ループした僕の思考回路を吹っ飛ばした。――問題だった。
 何も云わない、責めない事に対する、彼なりの云い訳にも受け取れた。
「――痛め付けられる事には慣れている――」
 恥ずかし気で自嘲気味な口振りだった。聞き取れたのが不思議な位の小声で僕の耳朶を擽る。
 関口の声を聞き入れた耳から、興奮が――全身に行き渡るのを、あの瞬間、感じた。
 それで、嵌った。――どうしようもなく、堕らしなく、身動き出来ない程に嵌った。離れられなくなった。離れられなかった。離れたくなかった。
 関口の持つ、密やかな毒に犯されたのだろう。毒は致死量に達していた。

 考えてみれば、関口の小さな独白を耳にする迄は、そんなに彼の事を好きではなかったのかも知れない。唯、他人の手の中にある玩具を欲しがる糞餓鬼と変わりなかったのだろうと思う。

 羨ましくて欲しがった――。それに応えたのは関口だ。関口は全ての道理を捻じ曲げて――隣で眠っている。
 関口と付き合い出してから、僕は京極堂に顔を出す事を止めた。
 中禅寺を『師匠』とは呼ばなくなった。
 関口も中禅寺の所には随分長い事、通うのを止めているらしかった。
 しかし、僕は――何時までそれが続くのか、そんな疑心暗鬼に満ちた目線で、その事に関しては関口を俯瞰している。気を使ってくれているのか、後ろ暗いから顔を出さなくなったのか、そこら辺の真偽は判らない。二人で居る時は中禅寺秋彦の名は出ないのだ。暗黙の内に二人で禁句にして仕舞った様だ。
 それどころか、関口はその他の友人の名前も一切出さなくなった。僕と付き合う事で、関口は今迄の友人関係を断ったに等しかった。

 ――彼らを捨てて、僕を、選んだという事なのか?
 真偽の程は知れない。唯――僕には、彼が隣で、寝息を漏らして眠っている事実があるのみだ。
 僕は眠っている関口の背中ににじり寄り、関口の横たわった身体の上に腕を乗せて、自らも横になって胸まで蒲団を引き上げた。
 眼前にある関口のうなじに吸い寄せられる様に、軽く接吻して、眠りに就いた。

 一度――昼前に目が覚めたが、関口が隣で丸まって居たので、何も考えずに目を閉じた。
 多分――それから暫くして、畳の上を歩く軽い足音を聞いた。半分目を開いて、頭を動かすと
踝から足首に掛けてのラインが視界に入った。白くて細い足。関口だ。関口が起きたのだ。隣を確認すると蒲団は藻抜けの殻だった。関口が自分より早く起きるのは、いつもの事だ。
 頭に手をやりながら、ムクリと上半身を起こした。時計を見ると午後二時十分前だった。流石に、この時間帯に起きるのは、僕でも呆れるというものだ。
 関口は手拭で顔を拭きながら書斎に戻って来た。何の事はない、関口も今し方起きたのだと、僕はその姿を見て思った。関口はこちらを見て少し驚いた顔をしていた。

「――先生。おはようございます」

「おは――おはよう」

 関口は少しどもりながら、そう応えた。寝過ぎて、肩が凝っている感じがして伸びをする。

「しかし、おはようなんて挨拶はこの時間帯に起きた人間には果たして適切なんでしょうかねぇ? こんにちはですか、先生?」

「起き抜け早々――よく喋るね鳥口君は――一日で最初に起きた時間が、その人にとっては朝――なんだろう。だから、おはようじゃないかな」

「遅ようってのはどうですかね?」

 僕が下らない事を関口に吹っ掛けて、関口がそれに対して苛立ったり、厭な顔をしたり、泣きそうになったりする――それはいつもの事だった。関口の注意をこちらに向けたくて、そのような馬鹿らしい事を習慣としているのだが――関口が半分以上は上の空で、それに応えているのが判るのだ。関口の態度は――直視したくは無いものを無理矢理、僕に突き付ける。

「もう――どっちだって良いよ。君が好きに選択すれば良いだろう。おはようでもこんにちはでもオソヨウでも――」

 案の定、どこか上の空だ。しかし上の空じゃない関口を僕は知っているのか、それが問題だ。呟いた関口は顔を背け唐突に、食事はどうしようか、と訊いて来た。

「君が腹を空かせていない訳は無いし――」

 関口にしてみれば気の利いた問い掛けだったが、その後あるべき提案はなく、そこが関口らしかった。

「うへぇ、先生も云いますねぇ。確かにぼかぁ腹ペコです。先生が――ご飯、作ってくれるんですか」

「まさか」

 そういう時だけ、はっきり主張するのが関口だ。

「僕は台所に立ったことがないし――鳥口君には期待出来ないし――」

「酷い云いようだ。僕はこう見えても、料理は好きでして」

 嘘である。食べるのは得意だが料理はからっきしだった。関口に良いところを見せようと米を炊いて釜を一つお釈迦にしたのは二日前だ。

「――取り敢えず、君が顔を洗ったら――」

 出掛けよう――。

 関口はそれだけを言い残して、自室に引っ込んだ。僕の渾身の惚けは触れられもせず流された。



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