― 8 ―


 遠くで、何かが鳴っている――。
 電話だ。誰も居ないのか――雪絵。途切れた…人の声だ。男。男が居る。

「なんだ、京極か。どうした」

 聞き覚えのある名前を耳にして私は飛び起きた。・・・眩しい。少し目が痛む。人工的な光が満ちていた。室内灯だ。目を庇う様に手で両目を覆い、少ししてからソロソロと辺りを見回した。自分が寝かされていた部屋を見て、直ぐに思い当たる。此処は、薔薇十字探偵社だ。何で――? 
 人の気配に目を向けると、榎木津が電話口に立っていた。榎木津の背後の窓は薄闇だ。

「――関? 関なら此処に居る。バカオロカが拾ったらしい。――ふぅん」

 話題が私の事になっている――? 相手は京極堂なのか? 当たり前だ、榎木津が京極と呼ぶ相手は、京極堂以外に居ないのだから。少し――彼の声を聴いてみたい衝動に駆られたが、話すことなど何もない。それよりも、何で私は此処に居るのか疑問だった。

「関は今日泊まっていくのだ。雪ちゃんには心配ないぞと伝えておいてくれ。後から関に電話を入れさせよう。今は鬱鬱しく寝ている」

 榎木津が茶色の大きな瞳で、私を一瞥した。何故か、首を竦めたくなる。

「――心配か。京極。――御託は良い、羨ましいならお前もこっちに来い。久々の楽しいことだからな、逃す手は無いのだ。――何だか良く分からんが、関だって多少時間を置いたほうが良いだろ。まあ、按摩ぐらいはやってもらうさ」

 そう云って榎木津は受話器を置いた。
 私は榎木津とどうやら相手は京極堂らしい会話を聞いて、釈然としないような、茫然としてしまうような気持ちに駆られていた。――何が何だか良く分からない。

「やあ猿君。起きたね。久し振り」

 榎木津はクルリと振り向くと喋りながら、つかつかと歩いてこちらに来た。そして毛布を避けて、私の隣に腰を下ろす。

「――久し振りなんだから何か喋らないか猿」

 相も変わらず、台風のような男だ。捲くし立てられる様に喋れと云われても、何を喋れば良いのか判らなかったので黙っていると、榎木津は私の後頭部をぽかりと叩いた。

「った! 何をするんです! 痛いじゃないですか!」
「僕の目の前で、ぼーおっとしている関が悪い」
「手の早い榎さんが絶対悪い」
「黙っていられるとツマランだろう」
「知りませんよそんな事。大体、私は榎さんの退屈凌ぎの為に此処に来た訳じゃな――」

 そこまで喋って私はどうして此処に居るのか理由が分からない事に気が付いて、また黙った。

「榎さん――何で私は此処に居るんだろう?」

 不安そうに尋ねた私を、榎木津は快活に笑い飛ばした。

「関は馬鹿だなぁ。相変わらず。勿論、僕を面白がらせる為に来たんだよ。そんな事も忘れてしまったのか? しょうがない猿だな」

「嘘だっ。それは絶対嘘だっ!」

「なんだ、元気じゃないか。さっきの、京極と僕の電話聞いていたんだろう? なら、察しがつきそうなものだがな。なんでも関。雪ちゃんとケンカしたんだってな。雪ちゃんが家を飛び出して? で、猿は道端で前後不覚になったのか? マスカマが拾って無かったら今頃は野良犬の餌だ」

 榎木津は歯を見せて、また笑った。ああ、そうだった。私も家を出たのだった。逃げるように――。

「関は愚かだな。体調が悪いのなら家でゆっくり寝ていれば良いものを。どうでも良い時ほどぐうぐう寝て、いざという時は休めないなんて、馬鹿みたいだぞ。そんなに雪ちゃんが恋しかったのか。追っ駆ける程? だったらしっかり掴まえておけ。それも出来ないで道端で倒れてバカオロカに拾われるなんて愚の骨頂だ」

「違うよ――」

 榎木津の珍しい正論に、私は呻くように呟いた。

「違わないだろサル」

 違うんだ――私は別に雪絵を追い駆けたのではなく、只。一人で家に居るのが堪えられなかっただけだ。空間に押し潰されそうだったのだ。それから逃げただけなんだ。しかし、それを榎木津に説明する気も無いし、榎木津は理解しないだろう。だから、私は違うと呻くことしか出来ない。それでも榎木津は食い下がる。

「違うって、どこが違うんだ。云わなきゃ判らない」

 それは嘘だ。視ただけで大体判る癖に。
 下を向くと、喋るのを促すように髪の毛の一房を軽く引っ張られた。榎木津が動くと空気が動く。空気が動くと、薫りが流れた。白檀と果物のような甘い匂い。緑が濃く茂っているような匂い。複雑で深い匂いだ。多分、榎木津の付けている香水の薫りだろう。漂う薫りを吸い込んで、私は煩わしそうに口を開く。

「独りで居るのが、厭だっただけだ…」

 榎木津には理解出来ないだろう。彼と私は正反対だ。

「――ふん」

 ほらね。無理なんだ。

「やっぱり馬鹿だな。独りだと思っている奴は、何処に居たって独りだよ」

 しかし、私の期待を他所に、榎木津は、大きな声でそう云った。私は何も云えなくなる。――何だか、核心を突かれた、ようだ。榎木津の云ったことは真実かもしれない。私の胸に虚しさが広がった。

「――榎さんに、私の何が判るっていうんだ」
「判らないね、サルの事なんか。だけど、関が大馬鹿者だってことは判る」
「榎さんに云われたくない」
「おぉ。口だけは達者だ。関君。周りに誰が居るのか、目が付いている癖に見えない、見ようとしない関よりは、僕は正しいだけマシというものだ」
「意味が判らない――」
「そうやって、一生判らないフリをしていろ」

 榎木津は私を軽く小突いた。不意だったのでされるが侭だった。

「痛い――」

「痛いのが好きな癖に、文句ばかり多い」

 榎木津は私のそういう所だけ知っているんだ。私は考える事を捨て置いて、榎木津に凭れた。榎木津のセーターの腕から、矢張り香水の心地よい薫りがした。

「好い薫りだね」

「ん? ああ、鼻は利くのか。銘は忘れたが、兄のジャズクラブに入り浸っている通詞から奪ったものだ。あの不細工が付けるにはもったいない香水だったからな。僕が使った方が香水も喜ぶだろうと思って。関、欲しいのか?」

 欲しけりゃやるぞ――と言い出しかねなかった。私は榎木津から離れて首を振った。

「いや、いいよ、私が香水を付けるなんて可笑しいだろ。それこそもったいないよ。それに高いだろうし。価値が半減する」

「誰もあげるなんて云ってないぞ。何を慌てている」

「あ――」

 私は一気に赤面した。恥ずかしさから榎木津の顔も見れなくなった。

「何でそこで赤くなって下を見るかなあ。僕が悪いみたいだぞそれじゃあ。まあ、本当は欲しいだろうから、今度プレゼントしてやる。神からの恵みだぞっ!」

「だから、要らないって云ってるでしょう・・・」

 と喋りながらも、私は内心、安堵していた。榎木津がそう言い出してくれていなければ、私の先走った言い訳は目も当てられないものになっていただろう。嘘、嘘、嘘吐きだーと、隣で榎木津が騒いでいる。優しいのか偶然なのか判らない。多分、偶然だろう。
 榎木津はお菓子入れの中を探って飴玉を取り出すと口に入れた。全く、子供みたいな動作だ。私は話題を変えた。

「―― 一応、益田君にはお礼を云わなきゃ」

 あの影の正体は益田だった事になる。それにしても、ここまで私を連れてくるのは大変だっただろう。何しろこのフロアは三階だ。

「良いんだよ。マスカマは下僕最下層なんだから、それぐらいするのは当たり前だ」

 口を、もごもごさせながら榎木津は云った。右頬が飴玉で膨れている。こうして見ると、美形が台無しである。私は榎木津の云い様が可笑しくて笑った。

「なんだそれ。その言い草は酷いよ」

 榎木津は笑っている私をじっと見ると、私の髪の毛に手を入れて掻き乱すように私の頭を撫でた。私は榎木津の手から逃れようと笑い声を発しながら身を捩った。昔も良く、榎木津にこうやって揶揄われたのを思い出す。私達は一時、香水の微香の中で戯れ合った。

 ――笑い疲れてヘロヘロになりながらも、なんとか私は榎木津の手を逃れてソファに凭れ、一息を付いた。関―、僕から逃げるなんて生意気だーと榎木津が喚きながら、榎木津は私の左足首を掴んで引っ張る。私は榎木津の手から無理矢理足を引き抜いて、水差しに手を伸ばした。大体、逃がしたのは榎木津だろうと思う。榎木津が本気になったら私なんか、敵わない。
 テーブルの上に置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ、一口呑んで喉を潤す。榎木津は口の中の飴玉を転がすようにしていると、音を立てて噛み砕き、飲み込んでから、私の手からグラスを奪い、残りの水を飲み干した。そして、思い出したかの様に「雪ちゃんが心配してるぞ。連絡を入れてやれ」と口火を切った。

 急な一言だった。私はその言葉に、一瞬体を堅くする。

 忘れていた訳じゃないが――今は。榎木津と馬鹿な事をして、忘れたフリして、考えたくなかった。雪絵の、強張った表情が脳裏に浮かんだ。

「雪ちゃんとケンカした原因は、鳥ちゃんか?」

 グラスをテーブルに置いてから、信じられない程に整った顔で真剣味ある表情で、榎木津は云った。私は茫漠とした表情でそれを見返す。

「――視えたのかい」

「視えた」

 榎木津は素っ気無く鸚鵡返しをした。榎木津は私と鳥口君が付き合っていた頃の私の視界を見たのだろう。それと、雪絵をくっつけて考えたのだ。

「間接的には、そうなるのかもしれない」
「煮え切らないな」
「性格だから、そこは勘弁してもらいたい」
「浮気するならもっと上手くやれよ。腕なんか咬まれてないで。しかし、その鳥ちゃん凄いなぁ。怖い顔してる」

 榎木津はじっと私を見て云った。間違いなく、榎木津はあの時の鳥口を幻視している。

「浮気――だったのかな」
「関は浮気だろう。そして少なくとも、その鳥ちゃんは本気だ」
「――本気だろうと本気じゃなかろうと、もう良いんだ」
「関は、本当は誰が好きなんだ? 鳥ちゃんはそれなりに好きだったのだろう?」
「それなりにね。――榎さん、電話借りるよ」

 私は榎木津から逃げるように、足早にディスクに向かって、黒電話の受話器を上げた。榎木津はソファの背凭れに大きく寄り掛って眠るように瞼を閉じている。私は間違いが無いように、一つ一つ丁寧にダイヤルを回した。
 呼び出し音三回で、聴き慣れた女の声が出た。雪絵だ。出た瞬間、雪絵は私の名前を呼んだ。

「うん――心配掛けてすまない。京極堂から聞いているかもしれないけれど、今日は榎木津の所に泊まるから。私は大丈夫だ、心配しないで」

 変に緊張しているにも拘らず、スラスラと言葉が出た自分に驚いた。

『――タツさん、ごめんなさい、私が急に飛び出したりしたから』

 雪絵は心底すまなそうに云った。私は雪絵に謝ってもらうつもりなど毛頭なかったので――大体、雪絵は悪くないのだし――慌てた。

「いや、雪絵は散歩に出ただけだよ。謝ること無いよ。私も、只、散歩に出て目眩がしたところを知人に見つかっただけなんだ。久し振りに榎木津に会ったから酒でも飲むつもりで此処に居るんだ。だから――心配する必要は無いよ」

 気にしないでくれ、と云いそうになって、言葉尻を変えた。

「それじゃ、明日の昼過ぎには帰るよ」

 受話器を置こうと、耳から離し掛けると、雪絵がタツさん、と呼んだ。

『明日の夕方にでも、活動写真、一緒に観に行きましょう』

 細い声で確かに雪絵はそう云った。私は何て返したものか一瞬、分からなくなったのだが、雪絵と活動写真なんて余り観たことが無いのを思い出して「ああ、そうしよう。何本でも、一緒に観よう」そう云って、戸締りには気をつけるように付け加え、受話器を置いた。何か忘れたことは無かったか、無意味に按じながら。

「関よ、泊まっていくのか?」

 間延びした榎木津の声が飛んできた。顔を上げて見ると榎木津はソファに凭れて目を瞑ったままだった。

「え――だって榎さんが京極堂に泊まって行くって云ってただろう? 京極堂が雪絵にそう伝えただろうから、口裏を合わせた方が良いかと思って」

 私は何故かしどろもどろになった。すると榎木津は私の言葉尻を取るように、大きな溜息を吐いて起き上がると、目を見開いて私を見た。

「口裏を合わせる」

 鼻で嗤う様に榎木津は云った。

「何か、私が間違ってますか」

「ほんっとに猿は馬鹿だな。いや、猿の割には頭が良いのか? どうでも良いが、この僕が適当に言い出した事だぞ。見抜けない京極じゃない。それを京極が雪ちゃんに伝える訳無いじゃないか。さっさと帰って夫婦水入らずをすれば良いものを。雪ちゃんだって一人で寂しいだろ。――酒だって弱い癖に」

 一気に、私は恥ずかしくなった。

「だ、だったら紛らわしい事を云わないで下さいよ。何であんなこと云ったんだ・・・」

 私の声は消え入るように小さくなった。ついでに消え入ってしまいたいのか、下を向いた。

「決まってる。京極が悔しがるからな。揶揄ったんだ」

「――悔しがるって、なんですかそれ…」

 馬鹿は榎木津だ。京極堂は関係ない。――私だって普段は、榎木津の戯言など気にしない。だけど――今日は榎木津の戯言が、魅力的に聞こえたのだ。だから、それに便乗したのだろう、意識せず。私は、まだ、雪絵に会いたくなかったのだ。

「――関、こっちに来い」

 呼ばれても、私はどうすれば良いのか判らない。しかし素直に榎木津の傍に行きたくない気がした。

「――帰ります。体調も戻ったし…」

「泊っていくのだろう。呑めない酒も呑んでくれるのだろう。良いから、こっちにおいで、関」

「厭だ。帰ります」

 自分の裸足の足先を視界に入れて、首を振りながら、私は依怙地になってそう云った。下手をすれば、来たくて此処に来たのではない、なんて最低な一言が口を付いて出そうだった。榎木津が呆れた声を出した。

「帰るって何処に?」

「自分の家に決まっている! あなたが雪絵の所へ帰れと云ったんでしょう」

 でも――雪絵と一緒に居る自分が想像出来ない。多分、榎木津の所を出ても、家には戻れないだろう。少なくとも今日は無理だ。そして、そうなった場合、行く場所が無いのも事実だった。それでも、私は出入り口へ早足に向かった。ドアノブに手を掛ける直前、背後から榎木津に腕を掴まれた。

「関は他人の言葉に従うのか。自分の気持ちはどうでも良いのか。何を怒っている? 変な理由をつけて此処にいる位なら、雪ちゃんの元へ帰った方が良いと僕が提案したのが、そんなに気に入らなかったのか」

「放してくれ」

「厭だね。関がホントの事を云うまで放さない」

 私は本気になってもがいた。が、榎木津は相当力強く私の腕を掴んでいて、どうにもならなかった。余りに私がもがくから榎木津は、私の腕を引っ張って正面を向かせた。私は榎木津と向かい合ってしまった。視られる――。その恐怖に何か言葉を口走る。

「ほんとの事って」

「関が此処に居たいのか、居たくないのかシンプルな事を訊いているんだ。どっちだ? 居たいのか、居たくないのか」

 それぐらい、ハッキリ出来るだろ――。榎木津は私の顔をじっと見詰めている。目を逸らそうとしたら、腕を掴んでいる手の平に力を籠められた。

「下らない理由を口実にするなんてナンセンスだ。――関」

 促すように、榎木津は優しい口調で云った。私はそういう声に弱い。そしていつも榎木津の正しさに、助けられている事も判っている。

「――今夜、此処に泊めて下さい」

 蚊の鳴くような声だ。自分でも驚くほど、切羽詰っている声。うん――榎木津は小さく云った。そして私の頭をやや乱暴に撫でた。私の髪の毛はぐちゃぐちゃになった。

「今日のところは理由は聞かない。大体判るし。これで勘弁してやるよ」

 榎木津は私を掴んでいた力を緩めると、そのまま私を抱き締めた。
 私よりも背の高い榎木津に抱き締められると、彼の顔が見えなくなる。不安になる。私は榎木津の胸に顔を摺り寄せて、背に手を置きセーターを握り締めていた。
 榎木津は、理由は判っていると云った。榎木津がどう思っているのか、知りたかったが、訊くのが怖い。核心を突かれそうで。しかし、今はそんな事、どうでも良いとも思えた。榎木津の体温が気持ち良い。香水の薫りで頭の芯からくらくらと目眩がする。セーターを掴んでいる手が震えている。私の腕の中に居るこの存在は、何て温かいのだろう。

「関。自分の素直な気持ちを表すことはとても重要だ。関は他人の言葉に自分の気持ちを便乗させようとするからダメなんだ。――さあ、サル君よ。君が呑めない酒でも呑もうか」

 榎木津がトン、と私の背を叩いた。私はその手の温もりに、まだこうして、出来るならずっと、榎木津にしがみ付いていたいと、思った。動かずじっとしている私の背中を、榎木津は宥めるようにゆっくりと撫でている。

「関? ――どうかしたのか。そうやって関に掴まれていると、僕は動けなくなってしまうよ。泣いてるの?」

「泣いてなんか――…もう少し、このまま」

「このまま? このままでいいのか。全く、関は甘えん坊だなぁ。どうせ、気兼ねして鳥ちゃんには甘えられなかったんだろ。この関を鳥ちゃんに見せてあげたいな」

「――榎さんだけ」

 私を温かい気持ちにしてくれるのは。傍に居たくなるのは。抱き締められていたいのは。少なくとも、今この瞬間の真実だ。榎木津の笑い声が私の体に響いた。

「本当かなぁ。まあ今日は信じようか。――それにしても、このままっていうのは、正直辛いな。くっついていられたら抱き締める以上もしたくなるのが関も判ってるだろ? 関がそのつもりならこのままで良いけど、三十秒後には押し倒すから。そのつもりで」

 榎木津は被さる様に私を抱き締めたまま、大きな声で数えだした。1、2、3、4、5…。私は少し焦る。判断を迫られた。榎木津から離れたくないが――どうしよう。私が考えている間に榎木津はどんどん数え上げてゆく。

「榎さん――待ってよ」

「待ってるだろう? ほら、じゅーごっ!!」

「このままじゃ駄目なのかい――」

「駄目。僕は誰かと違ってボランティアじゃないんだ。――16っ! 抱かれるのが厭なら、速く逃げれば?」

「厭だ。離れたくないんだ」

「良い心がけだ。僕も離したくない」

 18、19、20、21、22、23、24…胸が痛い、榎木津と離れる事を想うと。何食わぬ顔して、雪絵の元にいる自分を思うと。今の私からは温かいものが溢れているというのに。28。

「榎さん――あなたの事が好きだ」

 榎木津の胸から顔を上げ、伸び上がるように榎木津を見据えて私は断言した。私は榎木津の驚いた表情、というものを初めて目撃した。長身、白皙の肌、茶色の大きな瞳、通った鼻筋、色素が薄くて少し癖のある髪の毛――ギリシャ神話のアポロンもかくやという美貌。ずっと昔から憧れてはいた。榎木津と肉体関係を何度結んだか知れない。だけど――こんな確固たる感情を意識したのは、初めてだ。29。榎木津に唇を吸われた。私も彼の舌に短い舌を精一杯絡める。――30。

「時間切れ。これで、関は僕のもの」

 ああ、今日だけは、かなと榎木津が付け加える。私はその言葉を否定したいと思った。

「でも、まあ関は昔から僕のものだったんだ。今更か。今は雪ちゃんに貸しているだけっ! でも――関が食べ物の好み以外、好き嫌いを云うのを初めて聞いた」

 そう云って榎木津は私の顔にじっと見入った。

「――榎さんが、さっき云ったじゃないか。素直な気持ちを表現することは重要だって。私は榎さんの事が好」

 もう一度云おうとして、私は唇を食まれた。

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